医療経営情報 1996.2月号掲載
 


病院をギャラリーに



 高知市の岡村病院(151床)において昨年の11月半ばから約1ヵ月間、「SEIGO(西悟)展」が開催された。
 これは、高知県出身の現代美術アーチスト・西悟氏の個展で゛SEIGO"は西氏のペンネーム。同氏がこれまで毎年、全国各地で開いてきた個展の会場として、病院側がスペースを提供したというものだ。とはいっても、鑑賞者の対象を入院・外来患者やその家族に限っているわけでなく、一般の人たちも自由に入場することができるようになっている。
 岡村病院が西氏と知り合ったのは、一昨年に竣工した病棟の増改築工事(詳細は小誌1995年11月増刊号参照)がきっかけだった。院長岡村高雄氏は増改築にあたって、落ち着いた、かつ明るい雰囲気をめざし、壁や床などの内装や全体の雰囲気づくりにこだわりを持っていた。そのなかで、西氏が、CT室内のデザイン(壁のペイント)と病棟廊下の絨毯のカラー・コーディネートを担当し、それ以来の交流が続いている。今回、院内に作品展示を行うことになったのも、二人のふとした会話から発展して実現に至ったものだ。
 西氏は、病院での個展開催について、その案内状に次のように綴っている。  −芸術はわれわれ一人ひとりの人間の生きる姿勢を肯定する証であり、さらにこれからいかに生きていくかという希望・夢に対して正直な心の表現でもある。病院もまた人間の生に対して真正面から真剣に取り組んでいる場であり、そこには真の生きるという意味において希望・夢が満ちあふれているはずである。
 芸術と病院、一見不釣合いな組み合わせのようだが、もしかして根底では同じ目的に沿って全身のエネルギーをそそいでいるのではとと感じ、今回病院内での展示、また病院とのコラボレーションを試みた−。
 一方、岡村氏は病院内でプロのアーチストの個展を行ったことについて、「日頃は院内に適当な絵画などを展示していて、ときどきは作品を入れ替えていますが、今回の個展も多少なりとも患者の刺激になれば、と思っています」と話している。



その場に合った雰囲気のものを


 今回展示された作品は合計16点。玄関を入ってすぐの待合室から最上階の5階までの各階に点在している。一般的な個展と比べて点数が少なめなのは、壁につくり付けられた額縁を掛けるレールの数に制限があるためだ。
 展示作品を選ぶにあたって西氏は、「誰でも自由に鑑賞できるとはいえ、観る人のなかで一番多いのは治療を目的に訪れている患者や、その家族の人たちだということを前提に考えました」と話す。
 西氏の最近の作品は、ベニヤ板の上のさまざまな色のアクリルを塗り重ねたあと、表面を擦り取ってさまざまなものを表現するという手法を用いたものが中心で、作品の表面には凹凸があり、色同士がぶつかり合うような激しい印象がある。しかし、患者にとって安らぎを感じさせる作品もあった方がよいのではないかと、淡い配色が主流の数年前の作品も併せて展示することにした。
 また、それぞれの絵の配置も、その場所が病院という器のなかのどのような機能を持つ空間なのか考慮して決めた。たとえば、玄関はいってすぐの待合スペースには、「病院に足を踏み入れて、診察を受ける前の不安な気持ちを落ち着かせるようなものを」(西氏)と考え、パステル・カラーで黄昏時の海辺を描いた「マリーナのトワイライト」という作品を飾った。
 またそれとは逆に、3階から5階までの各階病棟には、タッチの激しい作品を展示し、入院生活に退屈していて、これから病状が回復に向かって社会に戻っていくという状態の入院患者に目を留めてもらえるようなものがよいのではないかと考えた。「暗い色合いの作品が持つ゛苦しみ"が伝わり、患者が『苦しいのは自分だけではないんだ』と感じてくれたら、と思います」と西氏は話す。



パブリック・スペースとして


 数人の入院患者に病棟を飾られている絵の感想を聞いてみたところ、「これは何の絵だ?」「何を描いているのかわからない」などという正直な答えが返ってきた。静物画のように描かれた対象物がはっきりしているのではないために、現代美術に馴染みのない人にとっては、これも致し方のないことだろう。
 それでも岡村氏は「患者の中から、こうした企画をまたやってほしいとか、次回はこういうふうな絵を飾ってほしい、という声が少しでも芽生えてくれればいいと思っています。」と話している。
 最近では、院内に絵を飾ることは珍しいことではなく、なかには地元美術大学と協力し、展示作品を定期的に交換している病院もある。しかし、岡村病院のようにプロによる個展を病院内で行うというケースはあまり一般的ではない。
 岡村氏は一般的に見て病院は、特殊な世界だというイメージがいまだ根強いため、病院側がそうした゛垣根"を低くしていく努力をすることが必要であり、今回の展示もそうした取り組みのひとつであるという。
 「地元の人たちにとって病院という場所が、『今月はあの絵が展示されているからちょっと出かけようか』というように気軽に足を運べるところになれば、体調を崩した時に一大決心をして通院するということもなくなるでしょう。」
 西氏の知人のなかには、個展の感想を次のように洩らした人がいるという。「゛病院"といういままでもっていたあまりよくないイメージが変わったみたいです。病院に絵を観に行ったというだけでなく、なんとなく敬遠していたところに足を踏み入れたことで、そこで、なにか自分自身のハードルを越えたような、にこやかな顔をしている人が多かったですね」(西氏)
 病院玄関わきの「SEIGO展」受付に置かれている芳名録には、27日間の会期中に100人余の名前が記された。地域に根ざした病院のあり方ということを考えたとき、今回の個展は、病院はパブリック・スペースであるということを院内外に向けて訴えるきっかけにもなったといえるだろう。